全壊した台北市の東星ビルのガレキの山からふらふらと現れた一人の男を
テレビカメラはとらえていた。その男性がまさか6日間もガレキの下に埋
もれていたとはその時誰も思わなかった。『あなたは、誰?』救助隊が彼
に問いかけると、その男は『水・・・』と力なく答えた後、振り返りガレ
キの山を指差して言った。『兄がまだあの中に居るんだ!』
9月21日午前1時47分に発生したM7.3の大地震からなんと130時間後
に無事救出された、孫兄弟の奇跡の生還の瞬間である。

12階建ての雑居ビル『東星ビル』は地震発生後まもなく45度に傾き、
そのまま崩れ落ちた。7階から下の階は完全に倒壊し、8階から4層が隣
のビルに45度にもたれかかって残った。火災が発生し、粉塵と黒煙が空
を覆った。まもなくレスキュー隊により生存者の確認、救出作業が開始さ
れた。毎日重機による不休不眠のガレキの撤去作業が続けられ、ガレキの
中から続々と無残な遺体が運び出された。地震発生後4日目の9月24日
には、東星ビルは全て取り壊され、そこにはガレキの山が残された。
もうすでに、数十名の遺体が家族によって確認されていた。

9月25日。地震発生から5日目を迎え、生存者救出の望みもほとんどな
い状況下で重機によるガレキの撤去作業は続けられた。そしてついに運命
の6日目の9月26日。奇蹟は起きた。以下はマスコミ報道から再現した
奇蹟の生還までの記録である。

孫兄弟は、9月20日の夜カード遊びを始め、まさに遊びに熱中していた
9月21日午前1時47分に地震は起きた。壁が傾いたと思った次の瞬間
彼らは猛烈な粉塵の闇の中に居た。まもなく兄弟は息苦しくなり、気を失
った。その後彼らは暗闇の中で目が醒め、手探りでお互いの無事を確かめ
合った。運良く壁が冷蔵庫に寄りかかって止まったおかげで、兄弟の倒れ
たその場所に、長身の兄弟でも横になれ、座ることも出きるほどの空間が
できていた。このわずかな隙間のおかげで二人は命拾いをしたのだ。

二人はまもなく手探りで、ポケットベルとライターを探り当てた。この後
時間の経過をこのポケットベルで確認できるようになった。さらに、壊れ
た冷蔵庫の中から母親が買っておいた、りんご四個、水のボトル大小各一
本を探り当てた。またしても幸運に恵まれた・・・。

二人は、何度か救助隊が彼らの頭上を行き来する音を聞いて、何度も声を
かけたが無情にも声は救助隊には届かなかった。彼らには、ガレキの中で
救助隊をじっと待つしか助かる手段はなかった。二人の胸中に、もう助か
らないのではとの不安がよぎる・・。そして、地震発生後四日目でりんご
も水も尽きた・・・。

二人は、ガレキの中から今度は手探りで鍋を探り当てた。鍋で雨水(彼ら 
はそれが救助隊が撒いた水とは知らない)を貯めるためであった。しかし、
雨水は異様な味がしてとても飲み干すことができなかった。その後彼らは、
自分の尿を飲んで喉の渇きを癒した。弟が呟く『もうだめだ・・』兄が、
『頑張るんだ!俺達がここから出られたらセブンイレブンでありったけの
水を買って飲むんだ』すると弟は『それなら俺は冬瓜茶がいいなぁ』兄も
『じゃあ、おれはサイダーにしょう・・』二人はそう言って力なく笑った。

地震後6日目。弟が兄に言った。『俺さっき夢を見たんだ。誰かが耳もと
でささやくんだ。冷蔵庫の裏に穴がある。そこに一筋の光が差している。
早く行け!この機会を逃したら後は無いぞ!!って言うんだよ』兄は無言
だった。弟が冷蔵庫の裏を手探りすると、そこには確かに小さな穴があっ
た。必死だった。素手でその穴を少しずつ広げて、やっとその穴を抜け出
すと有った!確かに一筋の光が・・・。助かった!! 彼らは生還した。
まさに奇蹟が起こったのだった。